Nile-Prince-and-Curt-over-there.jpg

               デヴィッドボウイのレッツダンスをナイルロジャースと共にプレイする殿下




昨日デヴィッドボウイの訃報が入ってきて

エスむらは彼のファンの友人を真っ先に思い出しました


デヴィッドボウイのことは彼女から教わったようなものなので

この訃報を知ったとき やはり彼女のことが真っ先に頭に浮かんだのです


エスむらはプリンスファンでデヴィッドボウイ氏のことはそれほど詳しくはない

ですんで

あくまで誰かのファンという視点で語らせてもらいます


プリンスファンとしてのデヴィッドボウイ考 て感じです   考までいってないけど



誰かのファンであるということとは

そのアーティストを思い出すとき 同時にそのファンである知人友人を思い出すことにもなるでしょう

つまりアーティストと自分の知人友人が繋がっているということ


10代からプリンスプリンス言うてたエスむらのことを知っている人ならば

きっと プリンス=エスむら

という図式が出来上がっていることなのでしょう


彼女とデヴィッドボウイはそんな図式が出来上がっている関係でした



そんな彼女が訃報を知った後メールしてきました

心の柱の一本が消失したような喪失感

と書いてありました


喪失感


そう エスむらの最も恐れる喪失感



彼女は泣いたり悲しがったり寂しがったりは今は感じないと

文中で語っておりましたが

最後の最後にそう書いてありました


これはリアルだ


エスむらは痛いほど分かる

恐ろしいほど分かる




そしてデヴィッドボウイが今現在を生きるアーティストでなく

自分が知るとっくの昔に亡くなっている偉人であったらよかったのに

とも書いてありました


これも恐ろしくリアルだ



誰かのファンであるということ 誰かを心の支えに執心盲信崇拝敬愛するということは

程度も方向性も少々違いこそあれ

同じようなことを考えるものなのでしょうか


エスむらも同じようなことを考えるよ


きっと悲しくて寂しくて泣いたりすら出来ないだろう

ただただどうしよう 

と喪失感なんだということ



彼を愛する人々の気持ちが痛いほど分かる

分かるからこそデヴィッドボウイの死はショックだし

苦しい




エスむらもいつか来るだろう その時の喪失感に耐えきれないから

このブログを続けているような気もします



一人では諸々持ちきれない



この溢れるほどの気持ち悪い愛も一人で持ちきれないし

その時の気持ちもきっと一人では無理だ


やたら語りたくなるのかも黙りたくなるのかも分からない


けれども それらを一人で ってのは辛い



エスむらもきっとその時は彼女に連絡するんだろう




その時 のことばかりではなく

プリンスにまつわる嬉しさ楽しさ悲しみ プリンスへの愛 色んなこと

そんなものを

ここで皆さんと共有したいんだよう




ごめんよう


なんかちょっと弱気モード





読んでいないかもしれないけれども

親友よ 勝手にメールの内容を拝借して申し訳なかったです




CYbflbjUkAEWxjI.jpg



謹んで哀悼の意を表します






関連記事

コメント 0

新着記事一覧