eyesprince.png



私の一番の理解者は私だった

ずっとこの基本姿勢はあって

人生の大半 特にここ数年はそんな感じで達観して生きてきたつもりだった



別に一匹オオカミ気取ってるつもりもないけど

そう映ってることもあったらしく

こんなに人当たり良い私wからしたらそれはそれは機嫌よく周りと仲良くやってるやん?てな思いがあったし

きっと差し障りなくいい感じでやってきた


周りを信用してないわけじゃなかった

いや むしろ信用してたよ

むしろ私は人を信じている 信じやすいくらいだ



でもね

信用することと 深い部分で理解しあうのとは

大きく意味が違うのよ




日々の生活で無意識でスッと私の心に入り込むほどの人やことなどそうそうなかった

私としては結構なオープン具合だったのに だ



きっとみんなそんな思いをおぼろげながら感じて毎日毎秒生きているはずなんだ

え?違うの?



もちろん若い頃や出会った人によっては

程度にもよるが

ああ 理解しあえる人だなぁ

と感じる人もいたし

信じたこともあった


いい経験もたくさんした



プリンスが理解できるとかそういう意味じゃなく

基準となってくれていたのがプリンスだった という意味で

私はプリンスに守られて

ここ数年非常に狭い世界で納得して閉じて生きてきたのかもね



プリンスの死が

ほら 行ってみなよ

と背中をポンと押す類のものであるなら

私はもう一度自分の勘を信じ責任をもって生きるよ



青臭いことを感じているのかもしれない

甘いこと考えてるのかもしれない

それでもいい




それで結果自分が傷つくのはもう自分の責任だと思えるほどには大人なので

この青春チックでロマンティックな感覚を

私は覚悟をもって信じ 現実世界を生きる




私の一番の理解者は私なのだから






関連記事

コメント 0

新着記事一覧